構想から15年かかりましたが、その経緯、事実関係を正確にまとめます。(川野)
映画館で「字幕メガネ」を使えるようにしたいと考えたきっかけは、2007年公開の映画「バベル」でした。この作品は洋画でしたが、日本人、そして多くの聴覚障害者が撮影に参加したり、登場人物に当事者がいるのにも係わらず、日本語音声には字幕が無かったのです。
(翻訳された字幕のみで、登場人物が日本語を話すと、字幕が消える状態)
そのため、“「バベル」字幕の願いをつなぐ市民の会”というのができて、聴覚障害者用字幕付けの署名活動が始まり、ニュースにもなりました。当時はまだフィルムの時代で、翻訳字幕版の上映用フィルムは既に完成しており、業界に居た私は「聴覚障害者用字幕を制作して、追加で上映用フィルムを作るのは困難」だと考え、字幕メガネの構想が始まりました。
*署名は42,389名集まり、配給元は聴覚障害者用字幕版を全映画館で上映しました。
MASC設立後、オリンパスが開発中のヘッドマウントディスプレイで字幕表示をしていた実験動画です。(株式会社キュー・テックのWebShakeAirを使用)
当時から、様々なメーカーからメガネ端末開発の話を聞いたら「字幕表示の実験をさせてほしい」と相談しました。過去、オリンパス、ニコン、ブラザー、ソニー、そしてエプソン等、多くの光学メーカーでヘッドマウントディスプレイは開発を競っていましたが、字幕表示は視野に入っていないようでした。
端末で字幕表示ができても、それを映画本編に合わせて、自動的に表示しなければならない。アナログ音声のみで同期する方法を模索していました。
調べてみて驚いたのが、当時全盛期だったVHSのアナログ音声解析から字幕を表示する機器を作っていた会社があったのです。つまり映画などの聴覚障害者用字幕が無かった時代、映画のVHSビデオテープを再生して、別機器から字幕を出す事を既に実現していたのでした。しかもインターネットがまだ無い時代、電話回線から字幕をインポートしていたという画期的なものでした。
私は直ぐに、その技術を使わせて欲しいと相談し、PCベースの音声同期ソフトを開発して頂き、当時蒲田にあった「蒲田宝塚」「テアトル蒲田」にて、毎週日曜日、1年間実際に上映される映画で実証実験を行いました。もちろん、聴覚障害者用字幕も音声ガイドも制作されていませんでしたので、MASCのスタッフが上映されている映画、全てを制作しました。
1年間の実証実験により、字幕の必要な方、音声ガイドの必要な方が喜ぶ姿に感動。この新システムの必要性を確信。全国の映画館に導入するにはどうしたらいいか、ロードマップを作成し、関係各所に相談しながら進めていきました。
以下時系列です。
2011年:東京国際映画祭 バリアフリー企画 「幸福の黄色いハンカチ」バリアフリー上映&シンポジウムに全面協力。開発中のオリンパス製HMDを使用した、日本語・英語切替可能な劇場配信字幕表示システムを披露。山田洋次監督の言葉「障害を持つ人たちのバリアを低くするために科学技術が進歩するなら、諸手を挙げて賛成したい。これからも進歩し続けてほしい」
2013年:東京国際映画祭 のバリアフリー上映企画「武士の献立」&シンポジウムにて、海外で新開発された「音声電子透かし技術」(シボリューション社)を使ったバリアフリー上映システムの提案を行う。(UDCastの前身 MASC製スマホアプリ「おと見」を使用)
2014年:劇場公開映画「渚のふたり」を配給。同時に「音声電子透かし技術」を使った世界初のバリアフリー上映を各地で実施。経済産業省 平成26年度コンテンツ産業強化対策支援事業(映画上映に関するバリアフリー対応に向けた障害者の視聴環境の在り方に関する調査事業実施。MASC製アプリ「おと見」をPalabra株式会社「UDCast」に移管。
2015年:音響同期、音声透かし同期の両方の技術を持った、エヴィクサー社と出会い、全面協力の下、更なる開発、実証実験が始まる。経済産業省 平成27年度コンテンツ産業強化対策支援事業(映画上映に関するバリアフリー対応に向けた障害者の視聴環境の在り方に関する調査事業)協力。「メガネで観る字幕ガイド」・「スマホで聴く音声ガイド」実証実験開始。報告書はこちら(2016.5公表)[映画上映に関するバリアフリー対応に向けた障害者の視聴環境の在り方に関する調査事業」
2016年:全国興行生活衛生同業組合連合会主催で、全国各地の映画館関係者にメガネ型端末、スマホ等を使用した鑑賞体験・劇場対応マニュアルについての説明を行う。劇場公開映画「ONE PIECE FILM GOLD」にて、アプリUDCast方式を採用した音声ガイド配信がスタート、これをきっかけに対応が始まる。
2017年:劇場公開映画「三度目の殺人」より、スマートグラスによる字幕表示対応がはじまる。全国全ての映画館でスマートグラスMOVERIOの持ち込み使用が可能となった。
2018年:映画館での字幕メガネ貸し出し対応を一部映画館で開始した。 UDCastを含む音声同期システムの特許を取得 出願番号:特願2013-191902 発明の名称:携帯デバイスへのセカンドスクリーン情報の提供方法 発明者:MASC理事・事務局長 川野浩二 特許権者:NPOメディア・アクセス・サポートセンター エヴィクサー株式会社
2019年:「第32回 東京国際映画祭」で、157台の字幕メガネ(EPSON MOVERIO)を全席で使用、世界初の試みでした。 エヴィクサー社の音響通信技術は「HELLO! MOVIE」に引き継がれ、今回、新たに同社開発の映画館専用業務用システムを初めて使用、全国100館の劇場導入に向けて動き出した。
2020年:株式会社サンライズ社より、600台の字幕メガネ(EPSON MOVERIO)をご寄付頂き、個人モニター100名、全国100館への字幕メガネ貸し出し開始。
発想から15年かかりましたが、飯田電子、シボリューション社、そしてエヴィクサー社の素晴らしい同期技術との出会い。映画製作、配給、興行会社のみなさまの真摯な取り組み、そして、スマートグラスを諦めなかったエプソン社、またサンライズ社からMOVERIOの大量寄付など、もう感謝しかないです。ひとつでも欠けていたら今の状況はありません。
字幕メガネは、これからが普及期。いつでもどこでも手軽に使えるように、また価格が下がるように、いろいろ動いていきます。そして今、日本の優れた光学技術を持つメーカー各社に確信をもって言いたい。「メガネ型端末のキラーコンテンツは字幕です。発売を諦めないで」と。こういった経緯を間違って伝えられることがあり、事実を正確にまとめました。
「スマホで聴く音声ガイド」については、また書きますね。
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